統合失調症

統合失調症は、心や思考がまとまりづらくなる病気です。以前は「精神分裂病」と呼ばれていましたが、その言葉に含まれる差別的な意味合いを刷新するため、名称が変更されました。症状は2種類あり、健康だった時にはなかった状態がみられる症状(陽性症状:幻覚・妄想など)と健康な時にあったものが失われる症状(陰性症状:感情表現が乏しい、意欲の低下など)に大別されます。思春期から青年期早期に発症することが多く、おおよそ100人に1人、0.7%の人が発症する病気です。
症状

統合失調症は慢性の病気で、経過が非常に長いことが特徴です。経過を時期別に分けて説明します。

①前駆期
統合失調症特有の症状ではない、一般的によく見られるような症状が徐々に始まる時期です。通常、次の急性期が始まる何年か前から、前駆期は始まっていることが多いです。
  • 集中力や意欲の低下から学業や仕事がうまくいかなくなり、成績が落ちたりミスが増える。
  • 特に理由もなく、落ち込み気分や漠然とした不安感が見られる。「もやもやした感じ」。
  • 他者の目線や反応を気にすることが増え、対人関係から引きこもりがちになる。
  • 疑い深くなる、怒りっぽくなる、悲観的になる、など、感情や性格が変わったように感じる。
  • 行動がゆっくりになったり、元気がなくなったように見え、生活上の機能が低下する。
  • 不眠や食欲不振など、身体的な不調・変化が見られる。
このような状態はうつ病やパニック症、社会不安症、全般性不安症などの不安症圏の病気など、他の精神疾患であるかのようにみえることもあり、この時点では鑑別が難しいこともあります。こういった精神病発症危険状態(At Risk Mental State:ARMS )の時期には、患者さんはまだ症状に対して自覚があります。
近年、ARMSの時期に治療を始めると、比較的早期に改善し予後が良いことがわかってきています。そのため、本格発症の前に早期発見できる方法(血液検査でわかるバイオマーカーや、画像診断など)の開発が進められています。
②急性期
妄想や幻覚、思考の統合不全状態、緊張病状態(カタトニア)といった特徴的な症状が現れてきます。健康だった時にはなかった状態がみられる症状、と言う意味の陽性症状と呼ばれる症状群です。
妄想の定義は、「現実に基づかない異常な考えを本人が確信していて、他者が忠告してもその考えが訂正できない」というものです。妄想には内容別に見ると、以下のような種類があります
  • 被害妄想:
    他者が自分に悪意を持っていると考える。他者にみられている(注察妄想)、追いかけられている(追跡妄想)、監視や盗聴をされている(監視妄想)、毒を盛られている(被毒妄想)と考える。
  • 関係妄想:
    周囲の人たちや言動、メディアやインターネット上の言説が、自分と関係性があると考える。
  • 誇大妄想:
    現実に反して、自分には富や権力、他者にはないような大きな力があると考える。
  • 微小妄想:
    自分は罪を犯してしまった(罪業妄想)、不治の病にかかってしまった(心気妄想)、極端に貧乏になってしまった(貧困妄想)、自分の心や体やこの世界がなくなってしまった(虚無妄想)と考える。
  • 身体妄想:
    上記の心気妄想の他にも、性行為感染症や流行病にかかってしまった(感染妄想)、皮膚や体の中に寄生虫がいる(寄生虫妄想)、自分の体の形がおかしい、醜い(醜形妄想)、自分から不快な匂いが出ている(自己臭妄想)と考える。
  • 嫉妬妄想:
    配偶者やパートナーが不貞行為をしている、と根拠なく考える。
幻覚は以下のような種類がありますが、統合失調症においては、幻聴以外の幻覚は比較的珍しいです。幻声においては、幻声同士が自分の悪口を言い合ったり、自分の行動を逐一報告する(今食事をしている、風呂に入っている、など)ような、被害関係妄想とリンクしやすい形のものがあったり、他者に話しかけられているように感じそれに応答したり(独語)、幻聴に指示や命令をされて危険な行動に及んだり、と行動に影響が見られるものもあります。
  • 幻聴:
    他者の話し声が聞こえる(幻声)、自分の考えが声になって聞こえる(思考化声)、物音が聞こえる(要素性幻聴)、歌や音楽が聞こえる(音楽性幻聴)など。要素性幻聴のうち、物音そのものには意味がないと感じるもの(例:キーンという音が聞こえるけど、それ自体には意味を感じない)は機能性幻聴という。
  • 幻視:
    光や模様が見える(要素性幻視)、人やもの、動物、情景が見える(複雑性幻視)。
  • 幻臭:
    存在しない匂いを感じる。
  • 幻味:
    存在しない味を感じる。
  • 幻触:
    存在しない触感を感じる。
  • 身体幻覚:
    奇妙・異常な身体感覚を感じる。「お腹の中に何かが入っている」など。
思考の統合不全状態では、「連合弛緩」という、思考全体のつながりが緩く、脈絡のない言葉が出て話のまとまりが悪くなる状態がみられます。話が脱線してばかりで応答が的外れで、ひどい時には言葉の繋がりが解体されたかのように、脈絡のない言葉が次々に出てくる「言葉のサラダ(いろいろな野菜を小さく切って混ぜ合わせたようなイメージ)」と呼ばれる状態も観察されます。それに伴い、行動も奇妙で支離滅裂になったり、不衛生、不適切な行動がみられることがあります。また全く新しい言葉や、言語そのもの生み出す「言語新作」と呼ばれる状態や、同じ言葉を繰り返したり、他者の言うことをオウム返しにする「反響言語」と呼ばれる状態になることもあります。
緊張病状態(カタトニア)では、強く緊張して全く動かないかと思うと、急に衝動的に行動する、といったことを繰り返します。周囲の働きかけに反応しなくなりじっとしていたり(昏迷状態)、無言でいたり、じっと奇妙な姿勢でいたかと思うと(常同姿勢)、拒絶的になったり、急に興奮して激しく動いたりします。行動の予測が困難で、危険な状態です。人から体を動かされると、なんの抵抗もせずにされたままの姿勢を維持し続ける(カタレプシー)と言う状態もみられることがあります。
③慢性期
急性期の症状が治療で軽快した後で、以下のような慢性期の症状がみられることがあります。健康な時にあったものが失われる症状、と言う意味で陰性症状と言われる症状群です。
  • 感情平板化:
    感情表現の豊かさが減少する。
  • 感情鈍麻:
    感情の振れ幅が少なくなり、周囲に対して無関心になる。
  • 認知機能低下:
    理解力や記憶力が低下し、問題解決能力が低下する。
  • 意欲低下:
    自発性が低下し、学業や仕事、趣味やセルフケアの意欲が低下する。少し動いただけで疲れやすく、動かなくなる(無為)。
  • 会話の障害:
    自発的な会話量が減り、話にまとまりがなく、相手の話を理解しにくい。
  • 行動の障害:
    作業のミスが多くなる。
  • 自閉:
    対人関係を避け、自分だけの思考の世界に引きこもるようになる。
治療により激しい急性期を乗り切り、慢性期の症状に対応していくと徐々に回復に至る、というのが一般的な経過です。症状が全く出なくなる人もいますが、特に慢性期の症状が軽快しつつも少しだけ残存したり、年余にわたって持続する人もいます。
原因

発症の原因はいまだに不明です。遺伝的な要因、脳の構造上の要因、生来の性格の要因、環境ストレスの要因など、発症に関連すると言われている因子は複数存在しますが、そのいずれもが単独の要因では発症に至らない、と考えられています。「ストレス・脆弱性モデル」という考え方では、「複数の要因(脆弱性)が存在するときに、周囲の環境や重大なライフイベントからくるストレスが加わったときに発症する」と言われています。

脳科学的にはドーパミンという脳内物質が過剰に分泌されたことにより、神経細胞の活動が活発になりすぎたことにより起こる(ドーパミン仮説)といわれていますが、それ以外にもセロトニンなどその他の神経伝達物質が発症の過程に複雑に関わっていそうだ、ということも徐々にわかってきています。

治療

この病気の治療においては、薬物療法は必要不可欠です。最近はドーパミンやセロトニンの調整に関わる薬剤が用いられるようになっています。非定型抗精神病薬と呼ばれるカテゴリーの薬で、陽性症状とともに陰性症状、認知機能も改善させる能力があることが特徴です。また、従来の抗精神病薬に比べて筋肉のこわばりやふるえ、不随意運動といった重症の副作用の出現がかなり少ないと言われています。しかし、眠気や倦怠感、体重増加といった副作用は出現することがあるため、慎重に容量調整を行う必要があります。

心理療法単独では、症状そのものを軽減させることは難しいのですが、薬物療法と組み合わせることで治療効果を発揮します。知識を得て病気のことを正確に理解し、症状を悪化させるストレス要因への対処法を身につけることは、薬を飲むことだけでは達成できません。薬物療法と心理療法は自転車の前輪と後輪のようなもので、両方が揃わないとうまく走っていけません。

またこの病気の患者さんは、自分自身が病気の状態にあるということが、特に急性期にはわからないことが多いため、最初は治療を受けることを拒否されることがとても多いです。治療は極力通院によって行うことが鉄則ですが、説得に応じられない場合には入院治療を選択せざるを得ないことがあります。最近は当クリニックのある岡山市近辺では、総合病院で精神科病棟を持っていて急性期の患者を受け入れてくれるところは非常に少ないため、クリニックから精神科の単科病院に紹介をさせていただくことが多いです。入院治療完了後はクリニック通院を希望していただければ、通常は当院を含めお好きなクリニックに逆紹介をしてもらえます。

急性期を乗り切った後は、社会復帰に向け調整を行っていきます。発症してから治療開始までの期間が短かった場合、機能障害は比較的少なくて済むことが多いため、社会復帰が比較的早期にできる可能性があります。会社を休職していた場合は、クリニックで職場と協力して復帰を支援できます。また最近は以前に比べ、公的/私的問わず就労移行支援を行ってくれる場所が増えています。病気の影響から失職してしまった場合でも、ハローワークの移行支援や、民間の会社が行っている移行支援事業所などを活用して、就労につなげていくことができます。学生さんの場合は学業に復帰するために、学校の保険管理センターなどを通じて学生課や先生たちの協力を得ることができますし、就活に関してはハローワークが支援を行なっています。

残存する機能障害が比較的重いかたは、いきなり就活などに挑まずに病院のデイケアや作業所を活用する方法があります。段階を踏んで徐々に陰性症状を解除しつつ、ステップアップをしていく方法です。時間はかかりますが、丁寧にやっていけば社会復帰に至ることもできます。ご希望や必要に応じて、デイケアを行なっている病院をご紹介させていただきます。

治療を続けていく上で公的な援助を受けることもお勧めします。治療にかかる金銭的な負担が減ることは、それだけでもストレスを大きく低減させ、再発予防の観点から有効です。利用できる福祉制度についてのページに書いてある情報を参考にしてください。

改善に向けて

この病気を完治させる方法は、いまだに発見されていません。従って治療を継続しつつ、残存する機能障害を少なくおさえ、「薬を飲んでいることと病院に通っていること以外は、普通の人生と変わらない」状態を目指していくことが肝心です。また早期発見・早期治療が予後の改善に非常に有効です。