パニック症(パニック障害)/広場恐怖

パニック症(パニック障害)は不安症圏の疾患の一種です。パニック発作と呼ばれる不安発作を起こしますが、その特徴は動悸や呼吸促迫(呼吸が浅く早くなること)などの身体反応を伴い、10分程度の短時間で急速に出現し、20-30分程度持続して収まる、というものです。およそ100人に一人程度がかかる疾患で、珍しい物ではありません。また男性より女性に多い傾向があります。この病気は、多くの場合特に理由なく突然発症します。発作の時とそうでない時の症状の有り無しがくっきりと別れるため、病気ではないと考えて受診が遅れがちな病気です。
症状

パニック発作を起こす事がメインの症状です。病的な不安が10分程度の短時間で急速に出現し、典型的には20~30分程度(稀に1時間を超える時もあります)持続したのちに落ち着く、というものですが、この「病的な不安」というのは何でしょうか?
不安、という精神状態は誰にでもみられる、ありふれた物です。そもそも不安とは、私たちの遠い遠いご先祖さまがまだ野生動物だった頃から、災害や捕食者といった危険に対処/学習し、避ける/闘うため=生存の確率を上げるための反応として、神経系の中にかたち作られたものです。そのため、ある程度の不安は生きていく上で今なお必要だし、少しの不安感は行動の効率を上げる(テストで良い点が取れるか不安なので勉強をする、など)事が知られています。こういった不安は言うなれば「正常な不安」とでもいうべき物です。

対して「病的な不安」というのは、以下のような特徴があります。

  • 危険が本来ないはずの状況なのに生じる
  • 頻繁に生じる
  • 不安が起こると動けなくなる、不安が起こるかもしれない状況を避けるなどで、日常生活に支障をきたしている
不安が起こるかもしれないと考えてよけいに不安になることを予期不安と言い、その人が不安になりやすいシチュエーションを避けるようになるため、生活に大きな支障をきたし、中には家に閉じこもってしまい、うつ病に進展してしまう人もいます。パニック発作では、こういった病的な不安が発作的に出現します。
パニック発作は身体症状を合併しやすいことも特徴的です。代表的なものには以下のようなものがあります。
身体的症状の種類は非常に多彩で、上記の典型例以外にも全身に及ぶ身体的症状がありえます。
  • 動悸、頻脈(脈拍数増加)、血圧上昇など、心臓の症状
  • 呼吸が浅く早くなる、呼吸が苦しいなど、呼吸器の症状
  • 胃の不快感、下痢、吐き気など、消化器の症状
  • 冷や汗
  • 四肢の震え
  • めまい
  • 失神など
また、不安になりやすいシチュエーションに対する反応として、広場恐怖があります。パニック障害の30~50%の人が合併するもので、「すぐに逃げ出す事ができない状況で、パニック発作を起こすこと」に対する恐怖です。シチュエーションの具体的な例には以下のようなものがあります。
  • 人混みや混雑した店内
  • 電車や車など乗り物の中。特にすぐには降りられない特急や新幹線、バイパスや高速道路、飛行機、船舶で
  • 歯科の診察台や美容室の椅子
  • 映画館や劇場の座席
  • 授業中の教室など
原因

病気の原因は、はっきりとはわかっていません。不安になりやすい家族がいる家庭の子供は、同様に不安になりやすくなる、という報告がありますが、これは遺伝的な要素とともに環境要因として子供に受け継がれてしまう(不安が学習されてしまう)からだ、と言われています。初めての発作が発生した時に経験したシチュエーションで、その後も発作を繰り返すことはありますが、苦手なシチュエーションの種類が派生するように広がったり、苦手な対象が変わったりすることもよくあります。

治療

この病気は薬物療法が良く効果を発揮します。以前は抗不安薬というカテゴリーの薬が良く用いられていました。この薬の利点は即効性があることなのですが、その反面依存性がある事が問題でした。最近はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)といった抗うつ薬を用います。これらの薬には即効性がない反面依存性がなく、かつやめても元に戻らないような重篤な副作用が生じにくいため、安全に使用しやすいという利点があります。抗不安薬と抗うつ薬はうまく使い分ける事が重要で、基本は抗うつ薬の治療を主力として行いつつ、患者さんと主治医で良く相談の上、必要に応じて抗不安薬の投与を短期間行う、といった形になります。一例を挙げると、会社に出社するために明日からでも乗り物に乗らなくてはいけないので、即効性のある抗不安薬は行き帰りの時だけ頓服として服用し、安全性の高い抗うつ薬による治療も併用しておく事で、抗うつ薬の薬効が確認できた時点で抗不安薬を徐々に減薬する、といった方法があります。
また治療の最初のうちは、無理をして発作のでやすいシチュエーションに挑む、という方法は避けた方が無難です。うまくいけばいいのですが、うまくいかなかった時に「やっぱりダメなんだ」と心が傷ついてしまい、病状に悪影響を与える事があります。しかし適切なタイミングでそういったことにチャレンジし、思いのほか「何ともない」ことを経験するすることは、自信を取り戻していくために有効です。人間は「訳の分からないもの」に最も不安感や恐怖感を感じますが、「正体を見極めることができたもの」に対しては不安感や恐怖感が低減します。病気の症状を相対的に観察し、対策を講じて克服を図っていく、という過程を、主治医とプランを立てて実行していくことで、単に薬を飲んでいるだけよりも治療の効率が向上します。

改善に向けて

この病気はきちんと治療を行うと、7~8割の方は症状改善が見られます。一方で放置し長期化すると、上述したようにうつ病に進展したり、アルコール依存症を含めたその他の精神疾患を合併したりして、社会生活に大きな悪影響が及ぶことがあります。早期発見・早期治療は全ての病気の治療において基本です。「症状が出ない時もあるから大丈夫」と考えず、早めの受診をお勧めします。