社会不安症(社会不安障害)

社会不安症(社会不安障害)は不安症圏の疾患の一種です。皆の前で話す、食べる、書くなどの行動をとっている時や、皆の注目を集めている、と感じる時、不安の発作を生じるものです。一方でそのような状況から離れると不安はなくなるため、性格の問題だ、などと考えて対人関係を避けるようになったり、自宅にひきこもるようになる人もいます。典型的なケースでは、注目を集めている、と感じ緊張した経験をきっかけに突然発症します。
症状

特定の状況下で不安の発作が出る疾患です。外来で良く相談を受ける例では、以下のような状況下で、ということが多いです。

  • 会社の朝礼や学校の授業での教科書朗読など、大勢の人の前で話す。
  • 会合などでスピーチをする。
  • 会議やゼミなどで発表したり意見を述べる。
  • 他者の眼前で食事をする。
    少人数の会食は大丈夫で、フードコートのようなところで食べるのはダメ、とか、身内と一緒なら大丈夫だけど、良く知らない人とはダメ、というようなさまざまなパターンがあります。
  • 他者の眼前で書き物をする。
    銀行の窓口で、行員さんの目の前で伝票を書くことができない、など。
  • 良く知らない人と話をする。
  • 会合の幹事や代表を務める。
大まかにいうと


①他者の眼前で何らかの行動をする。
②他者の注目を集めるような状況になる。

など、「他者の目線を強く意識してしまう」ことが共通する特徴です。その他者が緊張を強いられない相手であれば、症状は出ない/軽い、となることが多く、逆に緊張しやすい相手では症状は強くなりがちです。不安発作は繰り返されると容易に恐怖心に発展するため、対人恐怖や社会恐怖、視線恐怖という呼称もあります。

不安発作は上述のような状況が続く間はなかなかやまず、状況から離れることができると速やかに改善することが多いです。このように、状況のオン/オフによって、症状のある/なしがはっきりと左右されることが特徴的です。

不安、という精神状態は誰にでもみられる、ありふれたものです。そもそも不安とは、私たちの遠い遠いご先祖さまがまだ野生動物だった頃から、災害や捕食者といった危険に対処/学習し避ける/闘うため=生存の確率を上げるための反応として、神経系の中にかたち作られたものです。そのため、ある程度の不安は生きていく上で今なお必要だし、少しの不安感は行動の効率を上げる(テストで良い点が取れるか不安なので、勉強をする、など)事が知られています。こういった不安は言うなれば「正常な不安」とでもいうべきものです。

対して治療の対象になる「病的な不安」というのは、以下のような特徴があります。
  • 危険が本来ないはずの状況なのに生じる。
  • 頻繁に生じる。
  • 不安が起こると動けなくなる、不安が起こるかもしれない状況を避けるなどで、日常生活に支障をきたしている。
不安発作はこのような病的な不安が発作的に生じるものを言います。また、不安が起こるかもしれないと考えてよけいに不安になることを「予期不安」と言い、そのような状況を避けるようになるため、生活に大きな支障をきたし、中には家に閉じこもってうつ病に進展してしまう人もいます。
  • 動悸、頻脈(脈拍数増加)、血圧上昇など、心臓の症状
  • 呼吸促迫(浅く早くなる)、呼吸苦など、呼吸器の症状
  • 胃の不快感、下痢、吐き気など、消化器の症状
  • 赤面、手などのふるえ、声が出なくなる、頻尿など
また、赤面や震えが起こった時には、その身体反応を他者に見られたのではないか、それで変に思われたのではないか、と感じ、余計に社会不安が高まるという悪循環に陥ることがあります。赤面恐怖、という個別の呼び方があるぐらい、良く見られる症状です。
原因

病気の原因は、はっきりとはわかっていません。不安になりやすい家族がいる家庭の子供は、同様に不安になりやすくなる、という報告がありますが、これは遺伝的な要素とともに環境要因として子供に受け継がれてしまう(不安が学習されてしまう)からだ、と言われています。初めての発作が発生した時に経験した状況で、その後も発作を繰り返すことはありますが、苦手なシチュエーションの種類が派生するように広がったり、苦手な対象が変わったりすることもよくあります。また服薬が効果があることから考えると、脳内のセロトニンやGABA(ガンマ-アミノ酪酸)が症状の形成に関与していることは間違いがありません。

治療

この病気は薬物療法が良く効果を発揮します。以前は抗不安薬というカテゴリーの薬が良く用いられていました。この薬は脳内のガンマ-アミノ酪酸という物質に関連した作用を持ち、大きなメリットとしては不安に対して即効性がある、という点があるのですが、その反面依存性がある事が問題でした。最近はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)といった抗うつ薬を用います。これらの薬には即効性がない反面依存性がなく、やめても元に戻らないような重篤な副作用が生じにくいため、安全に使用しやすいという利点があります。

抗不安薬と抗うつ薬はうまく使い分ける事が重要で、基本は抗うつ薬の治療を主力として行いつつ、患者さんと主治医で良く相談の上、必要なときに抗不安薬の投与を短期間行う、という形になります。一例を挙げると、初めてクリニックを受診した方が、「明日の朝礼で皆の前で話をしなければならないので、一刻も早く症状をおさめたい」と希望があった場合などに、即効性のある抗不安薬を苦手な状況の前に頓服として服用し、安全性の高い抗うつ薬による治療も併用しておく事で、抗うつ薬の薬効が確認できた時点で抗不安薬を徐々に減薬する、といった方法をとることがあります。

また治療の最初のうちは、無理をして発作のでやすいシチュエーションに挑む、という方法は避けた方が無難です。うまくいけばいいのですが、うまくいかなかった時に「やっぱりダメなんだ」と心が傷ついてしまい、病状に悪影響を与える事があります。しかし適切なタイミングでそういったことにチャレンジし、思いのほか「何ともない」ことを経験することは、自信を取り戻していくために有効です。人間は「訳の分からないもの」に最も不安や恐怖感を感じますが、「正体を見極めることができたもの」に対しては不安感や恐怖感が低減します。病気の症状を客観的に観察し、対策を講じて克服を図っていくという過程を、主治医とプランを立てて実行していくことで、単に薬を飲んでいるだけよりも治療の効率が向上します。

改善に向けて

この病気はきちんと治療を行うと、多くの方で症状改善が見られます。一方で放置し長期化すると、上述したようにうつ病に進展したり、アルコール依存症を含めたその他の精神疾患を合併しやすくなります。対人関係の中で症状がおこるというこの病気の性質上、原因となるシチュエーションから退却し続けると、社会生活に大きな悪影響が及ぶこともあります。早期発見・早期治療はこの病気の治療において基本です。「症状が出ない時もあるから大丈夫」と考えず、早めの受診をお勧めします。