強迫症(強迫性障害)

強迫症(強迫性障害)は、本当は意味がないと分かっていても、同じことを何回も考え続けたり(強迫観念)、何回も同じ行動を続けてしまう(強迫行為)病気です。内容は多岐にわたりますが、典型的なものでは戸締り、火の元、水道の蛇口などを外出前に何回も確認する「強迫的確認行為」や、不潔なものに触ってしまったのではないかと考えて、何回手洗いしても安心出来ない「手洗い強迫」などがあります。50~100人に1人程度の割合で、男女ほぼ同等に10代から20代ごろに初発しやすい疾患です。WHO(世界保健機構)からは、「生活上の機能障害を起こす10大疾病」として指定されています。
症状

症状は反復的で持続的な思考やイメージにとらわれてしまう「強迫観念」と、確認行動や儀式的行動の繰り返しや、頭の中で言葉や数を繰り返し唱える行動を繰り返す「強迫行為」からなります。この2つは併存することがほとんどです。
強迫観念は、概ね以下の種類に分類されます。

安全

自分や自分の家の安全が保たれていないのではないか、と心配する。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

外出前に、戸締り、火の元、水道の元栓、電気のスイッチやコンセントが問題がないかを何回も確認する。時には一旦外出しても何度も戻って確認をする。
»予定に間に合わなくなることが分かっていても、確認行動を止められない。

攻撃

自分が他者を攻撃し、傷つけてしまった/傷つけてしまうのではないかと心配する。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

自分が車を運転中に他者を轢いてしまったのではないか、と考え何回も確認しに戻る。
»そんなことはない、と分かっていても、同じ場所を何回もぐるぐる回り、時間を取られる。

不潔

他者が触ったものを触ると不潔なバイ菌が感染するのではないかと心配する。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

ドアノブや便座、といった他者が素肌で接触するものに触らざるを得ないときに、何回も消毒をしたり接触後に手洗いを繰り返す。
»本当は大丈夫と分かっていても、手洗いをやめられず皮脂欠乏性の皮膚炎を起こす。

対称性

本棚の本や玄関のスリッパなどがきちんと並んでいない、整理されていない、と気になる。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

本棚の本や玄関に並べてあるスリッパなど、何回並べ直し整頓してもまた並べ直す。
»ちゃんと並んでいる、と分かっていても確認を繰り返し、時間を浪費する。

性的観念

本自分が性的に逸脱しているのではないか、性犯罪や性的虐待を犯すのではないか、と心配する。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

性的に逸脱していることを心配し、そういった自分を鎮めてくれると信じている特定の言葉や数字を何回も唱えたり、儀式的な動作を繰り返す。
»自分が本当はそんなことはしない、と思っても儀式的な行動をやめられない。

溜め込み

必要な時になかったらどうしよう、と考えて、いろいろなものを捨てられず溜め込んでしまう。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

ものを極端に溜め込み、捨てられなくなる。もう十分にあるのに、さらに集める。
»本当はそんなことは意味がない、と分かっているのに止められず、ゴミ屋敷のようになる。

身体

自分の身体的特徴が変なのではないか、と気にし続ける。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

自らの身体的特徴が気になり、確認を家族などに強要する。家族がそれに応じないと暴れる。修正するために何回も美容形成手術を繰り返す。
»意味がないことやお金が無駄になることが分かっていても、やめられない。

宗教

自分は罪深いため、天国や極楽浄土に行けない、地獄行きである、と気にし続ける。

これらの強迫観念を打ち払うために、強迫行為を行います

地獄に行く、と確信し、宗教関係者に執拗に救いを求めることを繰り返す。
»どんなに良い話を聞いても強迫観念が取れない。巨額のお布施を払い続ける。
強迫行為によって時間やお金が浪費されたり、約束の時間に間に合わず不利益を被るといったマイナスがあることは、患者さんは皆十分に理解しています。それでもセルフコントロールができず駆り立てられるように強迫行為を行ってしまいます。
強迫行為に対する理解の仕方として重要なのは、それらの強迫行為は本来「不安を打ち消すための方策」として、患者さんが選択したものなのだ、ということです。しかしそういった行動は一時的に不安を軽減してくれるものの、すぐにまた不安が蘇り行動せざるを得なくなります。こういった不安と強迫観念、強迫行為の悪循環は、強迫行為に対する依存(不安が収まらないなら、もっと強く強迫行為を行わないといけないと考える)を形成していき、症状はどんどん強固なものになっていきます。
このような強迫の症状形成~強化の中で、激しい自己嫌悪に陥ってうつ病のような状態になったり、社会不安症パニック症、アルコール依存を併発することも多いです。神経性やせ症の人や神経性過食症の人も症状が強迫的になりやすい(体型が変だ、と思い過激なダイエットを繰り返し、止められない)です。また放置し慢性化した時に、統合失調症に進展しやすい病気でもあります。
原因

原因はまだよく分かっていません。ただ、後述するSSRIによる薬物療法が効果があることから考えると、脳内のセロトニンがこの病気に関与していることはほぼ間違いが無いと思われます。また大脳基底核や前頭前野といった部分の局所的な機能異常が関与している、という報告もあります。遺伝性が関与している、という報告もあります。この疾患は葛藤などから生じる心の病気というよりは、「脳そのものに物理的要因がある脳の病気」という側面が強い、と言われています。

治療

精神療法と薬物療法の組み合わせで治療を行います。暴露反応妨害法(Exposure & Response Prevention、ERP)という、認知行動療法の一種がよく効果を発揮します。この方法は強迫行為と不安の悪循環を止めるためのものです。不安を鎮めるために行っている強迫行為をあえて行わず、強迫行為がなくとも不安が収まることを体験することで症状を収めていく、という手法を取ります。しかしいきなり全ての強迫行為を止めることは難しいため、段階を踏みます。

自分の中にある強迫観念と強迫行為を、比較的強度が弱いものから強いものに0-100の段階でざっくりと分類し、弱いものから攻略していきます。最初は少し頑張ればできそうだ、と現時点でも思えるようなものを相手にします。例えば、公衆トイレのドアノブを触った後に手洗いをしないことは無理だけど、誰も訪問してこなかった日に自宅の居間のドアノブに触った後、手洗いをしないことならできそうだ、といったような考え方です。このような「最初は弱い敵を倒して経験値を積んで強くなり、より強い敵に挑み最後は親玉を攻略する」という方法を取ることで、徐々に自分が良くなっていく/強くなっていくことを実感しながら治療を進めていきます。

暴露反応妨害法についてはテキストブックを用いて自分で行うことも可能です。また同じテキストを用いて専門家とともに進めていくこともできます。私がお勧めしているテキストは以下のものです。専門用語が少なく、内容が濃い割にページ数も少ないため読みやすく、この手の本の中では安価で、かつネット通販で入手しやすいです(一方で、本屋で注文をすると1ヶ月以上待たされた、とおっしゃっていた患者さんもいらっしゃいました)。ワークブック形式で本に直接書き込んだり、表をミシン目で切り離せる工夫もしてあります。

強迫性障害の治療ガイド
「強迫性障害の治療ガイド」飯倉康郎/二瓶社27ページ・880円

また薬物療法もこの疾患では非常に重要です。治療にはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と抗精神病薬を併用します。SSRIは元来うつ病の治療薬ですが、強迫症の方に効果が期待できます。うつ病の人に比べて少量では効果が出にくいことが多い(副作用もうつの人に比べ出にくい傾向があるように感じます)ため、最初は少量から始めて、効果の発現をみつつ少しずつ増量していきます。

改善に向けて

この疾患は発症してから長い時間が経過していたり、症状が進展して強迫の内容が多彩であったり、初診時点での「症状に振り回されて生活が障害されている程度」が強かったりするものは、予後が良くない傾向があることが分かっています。症状を自覚できたなら早いうちに治療を始めることができると、予後良好である可能性が高いため、早めに受診し治療を開始することをお勧めします。