注意欠陥・多動症

この病気は発達症/発達障害の中の1疾患です。英語の「Attention Deficit Hyperactivity Disorder」を略してADHDとも言われます。不注意や過集中などの集中力の問題と、衝動性の問題、多動の問題が見られます。
発達症圏の疾患は通常低年齢のうちから症状が見られるため、最近は小学校入学前の段階で児童精神科の病院などで診断がつき、サポートを受けている方も珍しくありません。しかし近頃「大人の発達障害」で困ってクリニックを受診する20歳代以上の人たちが小さかった頃には、発達症というものに対する理解がまだ社会全体で広がっていなかったため、診断やサポートがなされておらず、大人になってから困りごとが多くなる、といったパターンが多いです。有病率は成人においては3~4%程度と言われています。子供時代は女性よりも男性に多い(約2倍)ですが、大人になると発生率の性差がなくなる、というデータもあります。
症状

主に、成人期に達した方の疾患特性としてよく見られるパターンをご紹介します。
症状の特徴としては、まず注意力の問題が挙げられます。これはさらに不注意と、過剰に集中する過集中に大別されます。

例えば、
  • 集中力がなく、目の前のことに集中できない。
  • 興味のある/無しで集中力が大きく分かれる。
  • 物忘れ、忘れ物、無くしものが多い。
  • 予定通りに行動することが苦手で、遅刻が多い。
  • 先送り癖があり、物事の締切が守れない。
  • マルチタスクが苦手である。
  • 物事の優先順位がつけにくく、段取りが苦手である。
などの問題が見られます。
また衝動性の問題が見られることがあります。
例えば、
  • 喋りすぎて余計なことを言ってしまう。そのせいで対人関係がうまくいかなくなる。
  • 浪費傾向がある。ギャンブルにのめり込んだり、多額の買い物を繰り返すことも。
  • 思いつきで行動する。
  • 即断即決傾向がある。
  • 衝動的に暴言を吐いたり、暴力的になることもある。
などの問題が見られます。衝動性の問題と反社会的な行動が結びつく場合は、問題はより深刻化します。
また、成人では少ないですが、多動傾向が出る人もいます。
例えば、
  • じっとしているのが苦手で、ソワソワと手足を動かしたり、モゾモゾと動いてしまう。
  • 貧乏ゆすりをしたり、手指や足でトントンとリズムをとる。
  • 座り続けることができず、頻繁に離席する。
成人では滅多にありませんが、ゆっくり歩くことができず常に走り回り、お店などで棚にぶつかることを繰り返して出入り禁止になるなど、激しい多動がみられる方もいます。
ADHDの問題は、一般的には「きちんと振る舞えない人」とみなされてしまうことが多いため、きちんとしなければと頑張っているのにそれがうまくいかないことで、追い詰められてしまうことが多い点です。ある患者さんのエピソードですが、お国柄がおおらかな国に何年か留学していた期間は、ADHDの特性の問題が全く問題にならず過ごせた、という方もいらっしゃいました。ここからもわかるように成人のADHDにおいては、社会との関係性の中で求められる姿勢や態度と、患者さんの傾向との間にあるギャップからくるストレスが、患者さんのストレスを増大させてさらに傾向が激しくなってしまうという悪循環が、この疾患の問題を複雑化させます。また幼少期や学生時代は周囲から許容される幅が大きかったり、家族が代わりにカバーしていたことが、進学や就職に伴う変化によって問題が一気に顕在化する、ということもよく見られます。
また他の発達症と同じく、ADHDにおいても正常と異常の境界は不明瞭です。これを色に例えて、白と黒との間の灰色の領域、「グレーゾーン」がこの疾患には存在する、と言われています。
この疾患は、症状が顕在化した時の表現形が双極性障害の躁状態と似ている面があったり、うつ病や不安障害圏の疾患でも脳機能の低下から集中力の問題が出ることがあるなど、他の精神疾患との鑑別が重要になってきます。その上で最も重要な項目が、困りごとの原因になっていると思われる発達特性が、「幼少期から見られていたか?」ということです。したがって幼少期にどんな子供であったかに関して、十分な情報を得る必要があります。患者さん本人の思い出以外にも、ご家族からの情報や学校の通知表や連絡帳、母子手帳などといった情報源は、診療上大変重要な情報ソースとなり得ます。
原因

この疾患の原因についてはいまだによくわかっていないことが多いですが、遺伝的な要因や環境要因が関与している脳の機能異常が本体であることはわかっています。この病気は生まれつきのもので後天的に発症することはなく、親のしつけの仕方が原因である、ということはありません。この疾患で見られる集中力や、衝動性、多動の問題は、しつけによって矯正できるものだ、と言う考え方が昔から根強いため、両親がしっかりしつけをしなかったからだ、と言われてしまうこともありますが、これは完全に間違っています(むしろそういった子供を昔からのやり方で無理にしつけようとして、問題が大きくなることもあるようです)。異常を起こしている脳の部位については、大脳前頭前野をはじめ諸説があってまだ確定されていません。

治療

この疾患に対する治療薬は、日本国内では令和4年現在4種類の薬が存在します。そのうち成人に用いることができるのは3種類です。いずれの薬も集中力、衝動性、多動の症状に対して効果が期待できますが、それぞれの薬に効果面での特徴もありますし、効果時間が半日以下の短いものや1日もつ長いもの、比較的即効性があるものや効果発現に期間がかかるもの、服用にあたって公的機関に医師/薬剤師/患者ともに登録する必要があるものと無いものがあります。当院においてはいずれの薬も処方可能な体制をとっていますが、特に登録の必要な薬についてはそのことに関して十分に説明をさせていただく必要があります。ADHD専用の治療薬以外にも、目的を絞って使用すれば間接的に有効である薬も存在します。

一方でまず現在起こっている問題点を洗い出し、それらが発達障害の特性から来ていることを理解することが大変重要です。生まれついての特性であるため、努力をすることだけではそれ自体を修正することは難しい、ということを理解し、お薬によって特性を弱めるとともに、その特性を変えてしまわなくても苦手なことを「うまく切り抜けたり回避する方法」をどれだけたくさん身につけられるかが、生活のしやすさ、困り感の軽減に役に立ちます。

逆にお薬によるサポートなく、特性に基づく苦手なことを反省し、鍛えたり頑張ってうまくなろうと努力することは、多くの場合大きなストレスを生じさせ、二次障害と言われるうつ病社会不安症パニック症強迫症統合失調症などの新たな精神疾患を発症する要因ともなるため、注意が必要です。

ADHDの特性を考えるときに、それが時には強みになり得ることも理解する必要があります。例えば即断即決傾向が仕事などで有利に働くこともありますし、クリエイティブな仕事をしている人の中には、この疾患の特徴である「インスピレーションの豊かさ」や「突飛な思いつき=発想の豊かさ」が強みになっている人もいます。

薬物療法を行いつつ、上述のようなことを個別性を重視して話し合い、良いところは潰さずに問題点を一つずつ解決していく、ということを治療者とともに行っていくことは、意味があると考えています。その時その時で変化する困りごとを、比較的頻回に面談をする中で対策を相談し実行していただき、そこからのフィードバックで対策法にさらに磨きをかけていく、というやり方が有効であると思います。

改善に向けて

この疾患の1番の苦しみは他の発達症と同じく、他の人と違うことでうまくいかないと感じたり、人と違う部分をどうしても自分では修正できないと悩むことだと思います。しかし困り事を切り抜けることが徐々に上手になると、自分は自分でいいと思えるようになって、苦しみは軽減します。それをどう目指すか、治療者と相談しつつ進めていってください。