自閉症スペクトラム症

この病気は発達症/発達障害の中の1疾患です。以前はアスペルガー症候群や自閉症性障害と言われていた複数の疾患を統合して、「自閉症スペクトラム症」と呼ばれています。英語の「Autism Spectrum Disorder」を略してASDとも言われます。通常は低年齢のうちから症状が見られるため、最近は小学校入学前の段階で児童精神科の病院などで診断がついていて、サポートを受けていることも珍しくありません。しかし近頃「大人の発達障害」で困ってクリニックを受診する20歳代以上の人たちが小さかった頃には、発達症というものに対する理解がまだ社会全体で広がっていなかったため、診断やサポートがなされておらず、大人になってから困りごとが多くなる、といったパターンが多いです。有病率は統計によって差異がありますが、1%強と言われています。女性よりも男性に多い(約2~4倍)ということも知られています。
症状

主に、成人期に達した方の疾患特性としてよく見られるパターンをご紹介します。
症状の特徴としては、対人関係に対して困難感を感じていることです。他者とのコミュニケーションで誤解をする/誤解をされることが多いです。つまり他の人が言うことの意味をうまく汲み取れなかったり、自分の言うことがうまく伝わらない、わかってもらえない、と感じたりします。また他者の考えや思いを想像して理解する、ということも苦手であることからも、コミュニケーション上問題が生じます。

例えば、
  • 作業指示を受けてその通りにやってみたところ、「違う、そうではない」と言われる。
  • 言葉を文字通り受け取ってしまい、「冗談が通じない」と言われる。
  • 言葉の裏にある意味を汲み取れず、「空気が読めない」と言われる。
  • 例えや比喩の表現が理解できない。
  • 他の人に考えていることを説明しようとすると、「周りくどい、分かりにくい」と言われる。
  • 「全て言わなくてもわかるから」と言われる。
  • 話をしていると相手が怒り出す、雰囲気がなんとなくおかしくなるなど、予想外の反応になる。
  • 「他の人の気持ちがわからない」と言われる。
  • 「天然」「不思議ちゃん」などというキャラクターと思われる。
などの問題が見られます。コミュニケーションの場面で、目線を他の人と合わせられない、表情の変化が少ないというのもよくみられる特徴です。
また物事に固執する傾向が見られることも多いです。こだわりの強さから行動の自由が制限されたり、他者とのコミュニケーションに支障をきたします。
例えば、
  • 頑固だと言われる。
  • 自分のやり方を、他者の行動や場面に合わせて変えることができない。
  • 予定の変更に融通が利かない。
  • 臨機応変に考え方や行動を変更することができない。
  • 応用が効かない
  • 逆にルーチンワークをこなしていくことは得意である。
  • 同じものばかり食べることを好むなど、生活習慣が画一的になりがちである。
などの問題が見られます。これらの行動特性を無理に変更しようとすると、多大なストレスを感じたり腹を立てたりします。
また、感覚刺激に対する過敏さや鈍さが見られることがあり、これらは感覚過敏や感覚鈍麻と言います。
例えば、
  • 他の人より眩しさに敏感である。
  • 特定の物音や大きい物音が苦手で、避けてしまう。
  • 匂いに敏感で他の人が平気な場面でも回避してしまう。
  • 味に敏感で、特定の味が極端に苦手である。
  • 触覚が敏感で、他者に触られる事が極めて苦手であったり、特定の衣類に対して着用が困難である。
  • 痛みに鈍感で打身などに気付かず、後で内出血を起こしているのを見てようやく気づく。
これらの感覚過敏/鈍麻は生活の困りごとに直結することが多いですが、私がかつて診察をした若い方で、「卵かけご飯の米と卵と醤油の味を全く別々に感じとることができる、料理の食材や調味料を正確に当てることができる」といったある種の才能になってしまっている方もおられました。
ASDの問題の見極めが難しいのには、これらの問題が人によってさまざまな程度で見られる、というところにあります。これは私見ですが、上にあげたような“うまくいかないと感じる経験”を全くしたことがない人は、おそらくほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか?一人一人が別の人格を持ち、別の感じ方や考え方をしている以上、コミュニケーションの問題は誰にでも常に起こっていることです。しかし、そういった問題の発生頻度が多く程度も強い、ということがある一定の「濃度」を超えると、病的な状態と見なされるわけです。病名に含まれている「スペクトラム」と言う言葉はこのことを表していて、その概念に従うならこの病気においては正常と異常の境界は不明瞭です。これを色に例えて、白と黒との間の灰色の領域、「グレーゾーン」がこの疾患には存在する、と言われています。
また別の病気でも上記のようなコミュニケーション上の困り事が発生することはあるため、鑑別診断が大事です。その上で最も重要な項目が、困りごとの原因になっていると思われる発達特性が、「幼少期から見られていたか?」ということです。したがって幼少期にどんな子供であったかに関して、十分な情報を得る必要があります。患者さん本人の思い出以外にも、ご家族からの情報や学校の通知表や連絡帳、母子手帳などといった情報源は、診療上大変重要な情報ソースとなり得ます。
また、ASDに関する知識が一般的に広がるにつれて、上司-部下の関係や友人関係、婚姻関係など、なんらかのパートナー間の関わりの中で、コミュニケーション能力が特に高い人と、病的ではないもののあまり高くない人の間で問題が生じた時に、コミュニケーション能力が低い方の人が「ASDだろう」と見なされてしまうケースが多くなっています。こういったケースでは詳しく調べるとASDではないと判ることも多く、ご安心いただける場合があります。
原因

この疾患の原因についてはいまだによくわかっていないことが多いのですが、複数の遺伝的な原因が複雑に絡み合って起こる脳機能の異常であるようだ、ということはわかっています。この病気は生まれつきのもので後天的に発症することはなく、親の育て方やしつけの仕方が原因である、ということはありません。異常を起こしている脳の部位については、大脳基底核の縫線核をはじめ諸説があってまだ確定されていません。

治療

この疾患の治療薬は、いまだ開発されていません。現在世界中の製薬会社が、有望な物質を研究している最中であり、今後治療薬が開発される可能性は十分にありますが、まだまだ時間がかかりそうです。

一方でまず、コミュニケーションやその他のことに関する問題点を洗い出し、それらが発達障害の特性から来ていることを理解することが大変重要です。生まれついての特性であるためそれ自体を修正することは難しい、ということを理解し、その特性を変えずとも苦手なことを「うまく切り抜けたり回避する方法」をどれだけたくさん身につけられるかが、生活のしやすさ、困り感の軽減に役に立ちます。

逆に特性に基づく苦手なことを反省し、鍛えたり頑張ってうまくなろうと試みることは、多くの場合大きなストレスを生じさせ、二次障害と言われるうつ病社会不安症パニック症強迫症統合失調症などの新たな精神疾患を発症する要因ともなるため、基本的には避けるようにします。とはいえ、それらの苦手なことでも多くの時間をかけて粘り強く取り組めば、出来るようになることが時にあるため、完全に諦めてしまうことはありません。

自閉症スペクトラムの特性を考えるときに、それをどのように強みに変えていくかも重要な要素です。例えば臨機応変な仕事はできないが、ルーチンワークを粘り強く行うことが得意だといったように、特性の中には裏返しで強みになり得るものもあります(アスピーの発見基準を参照)。

ASDの直接的な薬物治療はできませんが、上述のようなことを個別性を重視して話し合い、一つずつ解決していく、ということを治療者とともに行っていくことは、意味があることと考えています。その時その時で変化する困りごとを、比較的頻回に面談をする中で対策を相談し実行していただき、そこからのフィードバックで対策法にさらに磨きをかけていく、というやり方が有効であると思います。

改善に向けて

この疾患の1番の苦しみは、他の人と違うことでうまくいかないと感じたり、人と違う部分をどうしても自分では修正できないと悩むことだと思います。しかし困り事を切り抜けることが徐々に上手になると、自分は自分でいいと思えるようになって、苦しみは軽減します。それをどう目指すか、治療者と相談しつつ進めていってください。
この疾患は他の人とは違う「個性」なのだ、と言う人もいます。社会の大きな流れの中でグローバル化、画一化が進み、「みんなと同じであること」を強く求められることが昔に比べて増えていますが、ASDをはじめとする発達症圏の人々は、そんな中で疾患としてクローズアップされるようになってきました。多様性を受け入れることができるような社会の変化が進めば、「ちょっと変わった人」である発達障害の人たちも、暮らしやすくなるのではないかと思います。「みんな違ってみんな良い」、そのような社会の実現を願ってやみません。